スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。

自己責任の世の中

 最近、秋葉原で7人も死ぬという通り魔事件がありました。

 罪の無い人々が大勢亡くなりました。

 亡くなった方々に対しては、謹んで哀悼の意を表します。

 今回の事件を聞いたときに、池田小学校の事件を真っ先に思い出しました。
 犯人は世の中に対して憤りを感じ、犯行に及んだという事になっています。
 これは、宅間守が起こした事件と共通するものがあるのではないのでしょうか。

 今回は人が多い場所だったこともあったのだとは思いますが、かなりリアルな映像が撮影されたようで、それがテレビで普通に流れています。
 警察官と犯人が対峙している写真や、刺された女性が倒れている映像をテレビで見ました。
 とある報道番組では、こういったリアルな映像を流すことは大切なんだとコメントしている人がいました。
 確かに自分もそう思います。ただ、その人は、犯人が惨めな姿を晒す事によって抑止力になるという言い方をしていました。
 しかし、このような映像を見て深く考えなければければならないのは、今まさに事件を起こしそうな弱者よりも、そういった人たちを回りに抱えた人や、普段なんとなく生きながら強者の論理で「他人軽視」している人間だと思います。
「他人軽視」という意味では世の中のだれもが考えなければならない課題だとすら思えます。
 こういった事件というのは、頭のおかしいアニメ好きゲーム好きのオタク野郎が起こした悲惨な事件、という事では片付かない問題です。

 事件後に、容疑者は日ごろから学歴がないと彼女もできないと言っていたと報道されました。
 真実はどうかわかりませんが、小さい頃から優等生を演じる事を強いられ、いい学校に出ろとか言われていたらそのような価値観になるのも無理はありません。だから、これは彼の本音なのだろうと思います。
 しかしそれは、彼自身もその論理に嵌っているからこそ苦しんでいるのだとも思えます。

 学歴主義、能力主義が常識の世の中ですが、1人でも多くの人がそういった価値基準で判断せずにいてくれたらいいと願います。

蟹工船が売れている

いまさら小林多喜二の蟹工船が売れているらしい。
ワーキングプアが社会問題となっている若者を中心に読まれ始めているんだとか某右寄り新聞に書いてありました。

ワーキングプアの問題から蟹工船に行き着くというのはすごいと思います。
そういう人たちは資本論とか呼んで搾取とは何かを勉強していくんでしょうか。

最近、マルクスの資本論(向坂逸郎翻訳)を勉強しようと購入しましたが難しくて理解ができません。
だれかわかりやすく漫画とかで書いてくれないかなと願う毎日です。
漫画になってたら理解できると思います。
昔の話ですが、知り合いの弁護士先生が漫画の「サルでもわかる経済」みたいなのをくれてそれを読んでやっとバブル崩壊とかいろいろ理解できました。
私の脳はサル並みという事か。

漫画「サルでもわかる資本論」の出版を期待します。

漫画でも何にしても翻訳者がちゃんと理解していなければ間違えて覚えてしまうので、正しい翻訳者を見極める必要はありますが。

祖父の死から、死について考える

最近の話です。
私の祖父は末期がんの宣告をうけてから半年くらいで亡くなりました。
最期は私を含め家族や親戚の見守る中、静かに永遠の眠りにつきました。

父親の死に目にあえなかった私にとっては、人を看取るというのは初めての体験で、いろいろ考えさせられるものがありました。
82歳という年齢で亡くなったので、自然の流れといえばそれまでなのですが、やはり人が一人死ぬという事は、身近な人間にとってはとても衝撃的なものでした。

末期がんの宣告を受けたあとの祖父は、かなり落ち込んだ様子でした。
それを考えると、宣告を受けてから死ぬまでの間というのは私には想像もできないような心境だったのだなと思います。
最期はそこまで苦しんでいるようには見えませんでしたが、本当のところは本人にしかわかりません。

あと少しで死ぬということを自覚しながら最期を迎えるというのは、どのような心境なのか。
そういった状況は、いずれ自分にも訪れるかもしれないので自分の立場に置き換えて考えてしまいます。
苦しむんだったら安楽死させてほしいと思うかもしれません。

ただ、苦しい中、私たちにその「死に際」を見せるということをやってのけた祖父のことを考えるとそれはそれで年寄りの役目なんだなと思うようになりました。
無駄に苦しんだわけではありません。少なくとも、それを見ていた私にとってはすごく衝撃的なことで、いろいろと考えるきっかけになりました。

私もその時が来たら、年寄りの役割を全うして最期を迎えたいと思います。


自信が持てない人々

ここ一ヶ月くらい前の話です。

私の親友が仕事中事故にあい、肺動脈を損傷するという大怪我をしました。
事故後病院に運ばれた彼は面会謝絶だったのですが、そのまま入っていったら会うことができました。

少し話をして稲盛和夫の「生き方」という本を渡して私はすぐに帰りました。

その2日後、肺動脈を繋ぐとかなんとかで手術をして、一度は成功したかに見えたのですがその後容態が急変して意識不明の重態になりました。
一度心肺停止状態になりましたが、45分間の心臓マッサージの後復活して、集中治療室に入って機械だらけの中でもう20日以上も意識の無い状態が続いています。

何とか助かってほしいと願うばかりです。

こうなってみると、あの時ああしてあげればよかったとか、お決まりのパターンで色々と思い出してしまいます。
オヤジが死んだ時も、おじいさんが死んだ時も、いつもそうでした。

その親友の事で最近よく思い出すのが、自分に自信がないといつも言っていた事です。
あるとき、そいつのお兄さんの大学時代の友達に紹介されるという事があったらしいのですが、そのときに彼は、自分は大卒じゃないから恥ずかしくて会えないと言っていました。
彼はいつもいつも後ろ向きな事を言っていたなあと思います。

人事みたいに言っていますが、私も学歴はありません。
でも、学歴が無いことに対する引け目は感じたことがありません。
そいつにはよく、
なんでそんなに自分に自信をもてるの?
といわれていましたが、その時は根拠の無い自信だとか答えていたような気がします。

なぜ私は自分に自信が持てるのか。
自信の持てない人が回りに多いので、よく考える課題です。
私と普段接する人はわかると思いますが、私は決して頭が良いわけではなく、能力があるわけでもありません。別に特技もありません。人に理解されないような趣味はありますが。
普段、それなりに仕事をこなしているように見せていますが、仕事の面でも、心の中では毎日のように悔しい思いをしています。勉強不足な事が多すぎて、毎日のように恥をかいています。
自分の表現力の無さに、もどかしさを感じて仕事も何もかもをぶち壊してやろうなんて考えることは日常茶飯事です。
もういい大人なので実際にはやりませんよ。

こんなのを聞くと、特技も能力も肩書きも輝かしい経歴も無いのに自信がもてるなんてバカじゃないのかと思う人が大半じゃないでしょうか。


私の自信の根拠。

考えた末に出た答えは、

ひとつは、反抗精神旺盛な人生を送ってきたので、世の中の価値観から外れていてもあまり気にならないということ。

もうひとつは、自分には何も無いということです。
学歴も無い、特技も無い、あるといえば明らかにマイナス要素の過去くらいです。
だから怖いものはありません。
仕事もうまく出来なくて当たり前です。できなければ次に生かして次できるようになればよいと思います。

私自身にもいえることですが、人間は人生の節目節目に過去の自分を「全て」捨て去って「新しい自分」になる必要があると思います。具体的に言うならば、過去の栄光(学歴や過去の成功例)にいつまでも執着していてはだめだということです。うまくいかなければ180度逆の生き方をしてみると言うことです。
これは、「全て」捨て去るというのが重要です。
古い自分が中途半端に生きているというのはダメです。

そんな私の今年の目標は一言でいうと

「弱い立場の人間の気持ちを理解できるようになる」

です。

それだけ出来れば、あとはどうでもいいんじゃないかなと思います。

実際はどうでもよくないけど。







風邪をひくということ

1月1日から調子が悪く、どうやら風邪をひいたようでうです。

年明けから風邪をひくなんて先が思いやられる。とは思いません。
休み中に風邪をひいておいて良かったと思います。
これでこの冬はもう風邪をひきません。
たくさん寝たので、元気をためることもできました。

今年は休み明けから思いっきり仕事ができると思います。

ネットワークビジネス

 ネットワークビジネスというものに対してどうしてもアレルギー反応を示してしまうのですが、後輩の付き合いで仕方なく話を聞きに行きました。
場所は某イタリアの家庭料理を意識しているファミリーレストラン。
最初に私の母親くらいの年齢の女性と話をしました。
ネットワークビジネスの内容は、サプリメントを売る話らしいということが、この女性との話で分かりました。
どうやら、そのサプリメントを飲むと癌が消えたりアトピーが治ったり腰が90度に曲がっていたおばあちゃんの姿勢が真っ直ぐになったりするらしい。
その話だけ聞いて、さらにあやしい印象を受けてしまったのですが、その女性は目をキラキラさせながら、色々と教えてくれました。
途中から私がその会社の細かいことを尋ねまくると、ベテランに選手交代ということになりました。

 交代したベテラン選手は、40代前半の男性でした。
月に180万稼いでいるそうです。悔しいが、うらやましい。
こっちは神経すり減らしながら、180万の仕事を数ヶ月かけてこなすというのに。

 ベテラン選手は、先程の人とは違い、お金の話から始めました。
要するに、早いうちに始めればそれだけチャンスがありますよということです。
こちらは製品の説明はあまりしてくれません。とにかく、月収900万23歳の人や、月収300万30歳主婦の話など、私もやれば月収100万くらい楽なんじゃないかと錯覚してしまいそうでした。さすがベテランです。
さすがだなぁと思いながら回りを見渡してみると、自分の座った席以外でも計5箇所くらいで同じようなことが繰り広げられているようでした。
隣の席では、おじいさん2人に若い女性が対応していました。そちらの席はすでに申込書を書いた後らしく、話の内容は既に雑談に変わっているようでした。
おじいさんを見てみると、顔はいきいきとしていて、楽しそうでした。それを見て、あの豊田商事の事を思い出してしまった自分は心が荒んでいるのかもしれません。

 今回、このネットワークビジネスの面談を通して、世の中の人たちが何を求めているのか少し見えてきたような、見えないような気がします。
今回紹介された万能薬のようなサプリメント自体は、どのように解釈しても、いかがわしい商品にしか思えませんでしたが、それを自分のビジネスとして広めている人たちの顔はいきいきとしていて、なんだか微笑ましく感じました。そして対応した人の中には、感じの悪い人なんかは一人もいませんでした。無理を言って申込書を書かせるようなこともありませんでしたし、一度断れば、申し込みの話は二度としてきませんでした。

 ネットワークビジネスのつながりの事を、「これはひとつの共同体だ」と私に商品を説明してくれた人は言っていました。
これを聞いて、万能薬のようないかがわしいサプリメントではなく、もっと違う手段で、人をいきいきとさせられるような共同体を作っていかなければと、心に強く思いました。

学校裏サイト

学校裏サイトなるものが流行っているそうです。

 学校裏サイトとは、中学や高校に通う学生や卒業生が、学校の公式ホームページとは別に交流や情報交換を目的に立ち上げたサイトのこと。

 この学校裏サイトでの誹謗中傷(個人攻撃)が原因のひとつとなり、自殺してしまうケースが問題となっています。学校裏サイトは言い換えるならば、閉鎖的な「2ちゃんねる」みたいなものといえるのかもしれません。「2ちゃんねる」では誹謗中傷は日常茶飯事です。
 自分の友人のとある女性ドライバーも、所属する会社の人間が立ち上げた「2ちゃんねる」のスレッドで誹謗中傷の書き込みをされたりして、追い詰められて自傷行為に走ってしまいました。だめだとわかっていても、手首を切ってしまうそうです。この自分の友人のように、サイトへの書き込みによって苦しんでいる人間はかなり多いと思います。だからといって、「2ちゃんねる」が悪いとは思いませんが。
 悪いのは書き込んだ人間です。

 ネットいじめの広がりに伴ってか、文部科学省では「いじめの定義」を見直したそうです。見直したところ、いじめの件数がものすごく増えたとか。ちなみに新しいいじめの定義は、「いじめられたと感じたら認定」だそうです。

当たり前の事なんですが。。。。。。。

いままでは「誰の視点」でいじめ問題について考えていたのか。こんなもの客観的に誰かが判断しようとすることが間違いの始まりのような気がします。



飛び降り注意

自殺関係のニュースが多くなってから久しく経ちますが、その中でもインパクトの強い事件がありました。
池袋パルコ屋上からの飛び降り自殺があり、下にいた男性を巻き添えにしたということのようです。
巻き添えになった人からしてみれば、とんだ災難だったと思います。

なんでまた人通りの多い場所に落ちたのか。
たまたまパルコの上から飛び降りたのか。それとも飛び降りた場所や方法に意味はあったのでしょうか。

話は変わりますが、以前に聞いた事のある話で、木の枝に紐を吊るして首吊り自殺をやろうとした人がいて、その際に木の枝が折れて助かったそうです。そして一言。
「ああ 死ぬかと思った」
と言ったという笑い話のような話がありました。

なんだか作り話のように聞こえますが、これはある意味人間の意識を表しているんじゃないかと思います。追い詰められて、自殺したいくらいの精神状態に於いても、意識の底では生きたいと思っているのが人間というものではないでしょうか。

今回飛び降りた人がわざわざあんなに人の多い場所を選らんだ理由というのは、たまたまなのか、何なのかは解りませんが、もしかすると、それは何かの表現方法だったのかも知れません。

こういった事件をキチガイの起こした他人事と考えてしまえばそれまでですが、社会という歯車で動いている同じ人間として、何か考えてみるのもいいと思います。

イス取り

月に1回くらいの頻度で電車を利用しますが、電車に乗っていると周りの人間の行動が気になる事があります。

最近どうしても気にしてしまうのは、車内でイスを取ることに必死になっている若者を見た時です。
もうイスに座り損ねたらこれから先は万年ヒラ社員で窓際で定年前にリストラされてストレスでハゲてうつ病になって頼りにしていた年金記録が消えて奥さんに愛想つかされて離婚されるくらいに考えてると思えるほど必死に見えます。
これは私自信の勝手な妄想が130%くらいで、多分本人たちはそこまで考えていないと思います。まぁ考えていないから形振り構わずなのでしょうが、なんだかみっともないなと感じてしまいます。

私自身はすこし上下関係の厳しい世界にいたため、若い奴らが人生の大先輩方が大勢いる電車の中でイスに座るなどというのは10年早いと思ってしまうわけです。
シルバーシートなんてもってのほかで、シルバーシートに座りながら携帯電話でゲームをやっている高校生などを見つけようものなら、丸坊主にして戸塚ヨットスクールにでも送り込んでやろうと考えてしまい、イライラして仕方がありません。
そんな事を考えながら、注意のひとつも出来ない臆病な自分は大人失格だと思います。

イスは座るためにあるものなので、若者だろうとお年を召した方だろうと利用するのは結構な事だと思います。しかし混んでいる時くらいは自分は元気いっぱいだからイスにすわらなくても平気だぞというくらいの余裕をもてたら、殺伐としていなくていいんじゃないかなぁと思います。




友人の友人

「私の友人の友人はアルカイダ」
こんなステキな事を公共の場で言ってのけたのは鳩山法相です。
この人が蝶の愛好家だと聞いた時に、
ああ、蝶の事に夢中になりすぎて頭に中にまで蝶が舞っているんだなと納得。

しかしあれくらいの有名人であれば付き合いも多いでしょうから友人の友人がアルカイダの関係者というのも別におかしくないと思いますが、言った場所とタイミングがものすごい。

日本の法務大臣ともあろう人が、個人としての立場と公人としての立場がわかってないとは思いたくありません。

FC2Ad

FC2ブログ